九州大学新キャンパス Kyushu University New Campus
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資料集新キャンパス委員会による成果

新キャンパス用地等における埋蔵文化財の取扱いの基本的考え方 平成12年5月23日

平成12年5月23日
 九州大学の移転予定地は遺跡の密集地でもあり、多数の埋蔵文化財が包蔵されている。これらは福岡市教育委員会によって調査が行われているが、縄文時代から近世までの遺跡、とりわけ、前方後円墳7基を含む首長層から一般層までの古墳群、古代製鉄およびそれと関連する公的施設の遺構、中世山城などは学会・市民の高い関心を呼び、保存活用への要望も学会・市民団体などから寄せられてきた。

 本学ではすでに、発掘調査の進行とともに明らかになってきた埋蔵文化財の学術的重要性を考慮しながら、新キャンパス計画に変更を加え、可能な限り埋蔵文化財を緑地等で保存するよう努力してきた。すなわち、平成9年7月30日の本委員会において、5基の前方後円墳、35基の後期円墳群、2カ所の中世山城などを緑地保全地区に取り込むことで保存することを決定したのである。これにより、一定の評価が学界・市民からも得られたといっていいだろう。

 ところが、その後も調査の進行により、新たな前方後円墳や銅鏡、全国有数の古代製鉄遺構や関連施設、木簡など重要な遺構・遺物の発見が相次いでおり、さらに今後も同等かそれ以上の遺構が発見される可能性を持っている。いうまでもなく、新キャンパスへの移転は大規模な造成を伴うものであり、広壮で効果的な新キャンパスの利用は、あるいは埋蔵文化財の保存活用への要望と矛盾することになる。しかし、通常の「開発と文化財保存」という図式に本学が陥ることは、学問の府として相応しくないことはいうまでもない。そればかりか、学問の府としての本学が地域社会に対して果たすべき責務の一つとして、遺跡の中に移転するという現実を直視し、むしろ積極的に埋蔵文化財を保存活用する姿勢が望まれてもいるのである。

 開発に伴う埋蔵文化財への対処には、国の史跡に指定し、史跡公園などのかたちで公開するものから、県指定・市町村指定による保存・公開を行うもの、発掘調査による記録保存の後、造成等によって遺跡の破壊を行うものまで、各種がある。これらの対処法の選択は、原則として埋蔵文化財の重要性に即して行われるが、国によって史跡指定が行われると、国による土地の買い上げを前提とし、他の目的に利用することは不可能となる。

 これらのうち、国や地方公共団体による史跡指定は、学術的価値をふまえながら当該の教育委員会を通じて文化庁が判断するものであり、本学が行うものではない。したがって、本委員会は移転予定地が本学キャンパスとして活用されるという前提のもとに、移転予定地の埋蔵文化財に対して以下のように考える。

 まず、通常の「開発/保存」という二者択一の図式ではなく、キャンパスと埋蔵文化財を両立させ、それ自体がキャンパスの特長となるよう考慮すべきである。そのためには、現状保存から記録保存までを以下の(1)~(4)に分けるものとする。

(1)現地をそのまま保存するか、学内外に展示公開するため復元・整備する。
(2)土盛りなどによって、遺構を破壊しないかたちでキャンパスとして利用するが、遺構の部分については位置関係と構造を正確に復元して展示公開する。
(3)土盛りなどによって、遺構を破壊しないかたちでキャンパスとして利用する。
(4)記録保存した後造成し、キャンパスとして利用する。

 これらのうち、(1)から(3)までは何らかのかたちで遺構の破壊は免れるもので、保存とよべるものである。そのうち、(1)は狭義の現状保存というべきもので、遺跡の景観をそのまま生かして保存・活用するものである。(2)は景観を変更しながらも遺構の位置を正確に展示公開するというもので、一定の遺跡の活用がはかられる。(3)は景観を変更し、遺構も地下に埋もれてしまうが、遺構自体は造成による破壊を免れることになる。(4)は調査の記録のみが残る。いわゆる記録保存である。

 平成10年5月26日に評議会決定された「新キャンパスの土地造成基本計画について」では、前方後円墳5基、石ヶ元古墳群等の約35基、2カ所の中世山城については(1)のケースである。平成9年7月30日に本委員会で決定された「九州大学新キャンパス基本構想における埋蔵文化財の取扱い方針」において、造成地外となった石ヶ原古墳については、現在までのところ(1)のケースの取扱いとなっている。さらに、その後の調査によって発見された遺構のうち、E群の前方後円墳1基と円墳2基については、文化財WGの検討に基づいて、平成12年1月21日の本委員会において、ケース(4)として取り扱うことを決定し、7次調査地の古代製鉄関連の公的施設と考えられる建物群、及び12・15次調査地の古代製鉄遺構については、文化財WGの検討を基に、平成12年5月23日の本委員会において、7次調査地については(3)のケース、12・15次調査地については(2)のケースで対処することを決定した。

 今後新たな調査によって発見される埋蔵文化財については、遺構の学術的重要性を考慮しながら新キャンパス計画との調整を行い、どのケースで対処しうるかを検討する必要があり、そのためには文化財WGの機能が継続される必要がある。

 また、個々の遺跡の評価は、調査中の段階で確定するものではなく、地域全体における有機的関連と歴史的脈絡の中で研究された上でなされるものである。上記のようなプロセスで(3)~(4)のケースで対処した場合でも、その後に遺跡の学術的評価が高まることも想定される。さらに、調査報告書刊行後には多方面から、個々の遺跡が有機的に結合した地域自体への総合的研究も行われることになろう。したがって、これらを考慮するならば、(1)・(2)のケースだけでなく、(3)・(4)の場合でも、遺構・遺物の概要とその学術的評価を記したプレート等を新キャンパスの施設に附設して、学内の埋蔵文化財の本来の位置関係と概要を知り得るようにし、全体を総合研究博物館で集約するというかたちで、学界・市民に公開することが適当であろう。また、このような公開によって、本学を別のチャンネルから開示することにもなり、市民の本学への理解を深める機会を増大させることにもなろう。

 さらに、移転後においても施設の整備・新設に伴って、新たな埋蔵文化財の調査が必要となることは当然予測しておかなければならない。また、筑紫地区や病院地区における整備・新設の場合も同様の事態が今後想定される。したがって、埋蔵文化財の調査および評価等に対処する全学組織もまた必要である。
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